重度障害を持つ息子の自傷行為と通所施設の現実「寝耳に水…」

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「寝坊した…」

時計を見ると、朝4時20分。あと30分しかない。

長女の朝食を毎朝4時50分までに作るようになって、もう数か月は経つだろうか。

昨日、偶然通りかかった道の駅で入手した日本酒が思いのほか美味しく、いや、それ以上に昨日の降ってわいたような信じられない出来事が、ついつい元来の酒好きと相まって飲む量に拍車をかけたよう。

昨日今日で生活習慣をガラッと変えざるを得ない事態が発生し、いまだどのように今日過ごすか途方にくれている状態です。

かなり引っ張ってしまいましたが、実は昨日、息子が通う通所施設から、息子の通所を断られた出来事がありました。

事前通知等はなく、息子を迎えに行った時に「今の状態では預かれません」と申し訳なさそうに話す職員さんに「本当にすみませんでした」と返すしかありませんでした。

考えてみれば、こちらの施設に通って早4か月。

ずっと僕が週4日送迎していたのですが、今の13時から本来の15時まで施設に居られる目標もずっと達成できず、このまま今の状態が続けば遅かれ早かれこうなる事は、うすうすわかっていたような気もします。

高校生時に3日ほどこちらに研修に行った時とは全く「話が違う」ことになっているので、これは致し方ありません。

席は残してくれるようですが、多分今の状態では早くて数ヶ月、場合によってはもうこちらに戻れないかもしれません。

ところで、無防備な状態でいきなりパンチを食らったような今回の事態。

「明日から何をすればいいのか」と感じると同時に、何かしら既視感のようなものがありました。

そう、あれは僕が初めて入社した会社が倒産した時でした。

シチュエーションは全く違いますが、今までの人生の中で今日に1番近い感情は、その時感じたものでした。

「無力感」、とでも言えばいいのでしょうか。

ただこれは否定的な感情ではなく、どちらかというと「解放された」といった類の前向きな気持ち、そちらの方が微妙に勝っている状態もあの時と同じです。

今回「解放された」と感じたのは、毎日2往復、しかも10時から13時までと言う短時間の預かりに対して、合計100キロの距離を車で走ることが日常になっていたからでしょうか。

ここ数週間はさすがに体が疲れてきたのか瞬間的な「居眠り運転」をしだしたことから途中で家には戻らず、コンビニやだだっ広い駐車場等で時間つぶしをしたり、昨日は昼食代がかさむので、今後の出費を抑えようと初めて弁当を持って行った日になりました。それが最初で最後になるとはつゆ知らず…。

考えてみれば、今年3月までは今の通所施設よりもさらに遠い学校まで送迎していたことも多かったので、ここ1年の走行距離はかなりの数字になっているはず。ガソリン代があまりにかさむのでハイブリッド車に乗り換えたくらいです。

ただ車の運転やそれに伴う疲れや時間からは「解放された」ものの、一方で、息子が暴れたときには都度対応する必要があり、妻と2人がかりになりますが、どちらかが必ず息子の近くにいなければなりません。

これは我が家の土日のイメージなので、ある意味「カレンダーが無くなる」ことになるのかもしれません。

その中で息子とどう接するのか、どのようなことを習慣づけてすればいいのか、これについては僕も妻も全くもって苦手な分野になりますので、色んな方に相談したり調べたりが多くなると思います。

思い起こせば高校生最後の夏休み、「あんなことさえなければな」と笑い話で妻と話す時が時々ありますが、もちろんそんなことを考えても意味がなく、さらに息子は頸椎がひどくずれているだけに、「今、命があるだけでももうけもの」と思う方が正解なのかもしれません。

という事は逆に考えれば「今回の事は大きなチャンス」、少なくとも今の停滞した流れを変える上においては「良いきっかけ」と考えるのが建設的かも。

幸い今まで僕は結構「逆境」、しかも悲しいことに「自分でわざわざ作り出した逆境」がほとんどですが、それに対してどのように考えて乗り越えればいいかについて心得ている点が多いです。

それだけ「場数は踏んだ」ということですが、基本的な考えは、こういう時こそあらゆる方々や新たなご縁、また周りのものに対しての「感謝の気持ち」を今以上に意識していけば、比較的楽に乗り切れるのではないかと思います。

もちろん身体や頭をフルに使った上であることは言うまでもありませんが、その結果、不思議に良い縁に巡り合ったり、気が付けばいいように事が進んでいた、と言うことがままあります。

ただ今回は、1年前に息子に発生した出来事のまだ解決途上にあり、しかも何度目かの「先が見えなくなった状態」です。

まあなるようにしかならないのが世の常なので、とにかく愚痴をこぼすより、まずは感謝の気持ちを持ちながら今回の件に対処できれば理想です。

通所施設に戻れる前提は、「息子の自傷行為がおさまること」で、そうなるためには「服薬入院」が必要とのこと。

以前から「服薬入院」についての要望は聞いていましたが、まずはイレギュラー的に発生している腹部の不調を改善しないと先に進めないと考えていますし、医師の見解もそれに近いものでした。

腹部の不調が治ればそこから来る自傷行為は自然におまり、前の良い状態に戻れると信じていますので、まずは腹部の不調を何とかおさえなければと思います。

偶然この日に、以前から話があった訪問看護(主に内科)の手配を病院側からかけてもらい、また近々市の福祉課の方が家に来られることになっていますので、そこで今後のことなど様々相談する予定です。

今住んでいるところはかなり田舎、うちのような特殊な家庭環境を持つ家庭にはかなり不便な場所であることは言うまでもありません。

ただ僕はこの土地柄が好きですし、それを百も承知で移住を決めた経緯もありますので、我が家なりに色んな方に協力いただきながら息子を見守っていければと思います。

子をどこかの施設に入れるのが目先の目標になってしまえば、とりあえずは急いで服薬入院させて見合った施設に入れるよう動くのがベターなのかもしれませんが、振り返ってみれば、僕は今まで息子とじっくり向き合ったことがなかったように感じます。

それは1年前まで仕事に休みなく追われており、家庭のことを満足に考えられない日々を過ごしていたから。

今から考えるとかなりの反省点ですが、今回の息子の一件で仕事を辞めざるを得なくなり、妻のコロナの行遺症で私が家事をほぼすることになったのも、見方を変えればいわば「神様からのプレゼント」かもしれません。

今回の件も息子とじっくり向き合うための時間を与えられたと考えれば、早急に他の施設に預ける、それを見据えてどこかに服薬入院させることよりも、まずは子を家でゆっくり休養させ、腹部の状態が良くなってから次のステップを考えるのが、今1番しなければならないことのような気がします。

もちろん仕事ができない期間が思ったよりも長くなるので経済的にはかなり困窮するはずですが、それについてもとりあえずは徹底的な節約や、メルカリなどで家のものを売りながら食いつないでいければと思います。

実はこういう事は初めてではないのである意味楽観的なのですが、少し心配なのは、祖母の代から譲り受けた2件の家と敷地をきちんと維持できるかどうか。

今、大量の草を抜いたりたくさんの庭木の剪定に追われており、古いほうの家には強い雨が降ると玄関が雨漏りしていることから今後、ある程度の修理代が必要になってくる、と考えると、正直もっと焦らなくてはいけないのかなと思います。

ただ僕の場合、焦る今までとろくなことがなかったので、できるだけ気持ちを落ち着けながら今回の息子の件に対処していこうと思います。

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